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2008年5月 岩手県の瀬織津姫の神社参拝奉納の旅

 この岩手は1983年から毎年最低年2回訪れている県です。
現時点で丁度25年になりますね。 実家の富山に次いで頻繁に訪れています。
その岩手が瀬織津姫を祭っている神社の数が日本一というのもを感じざるをえません。
 今回、実は、花巻の神社から参拝しようと計画していました。しかし、その手前にある
(武蔵の國から見れば)平泉の中尊寺に白山神社がある事を思い出し、急きょ平泉イ
ンターで下車しました。それこそあと5キロもない手前での決断でした。

]

 この看板を見て分かるように祓い浄めの事、十一面 観音の事など、瀬織津姫に関する事
が書かれています。そして慈覚大師は早池峰神社の元の早池峰山持福院妙泉寺を建立され
た方です。繋がっていますね。

 そしてこの神社を参拝して帰ろうと思い、駐車場へ向かって左右木々に囲まれた参道を歩
いてた時です。僕は歩きながら最近覚えた携帯でブログを更新していました。その時!
右の杉の木々が鳴いたのです。3〜4本に感じました。その木だけ揺れているのです。
何か会話をしているように聞こえ&見えました。それが結構長く続きました。驚きました。
直前の10分前の決断&閃きがこういった事を起こしてくれました。導きだったのでしょうか。
(スピリチャルな体験をした方には分かっていただけるのですが、木々の中で1本の木だけ
揺れているて事があります)

 それから最初の花巻にある金谷神社へ寄りました。ここは以前ファンの方から写 メール
を送っていただきのせさせて頂いてましたが、こうやって実際に訪れる事ができました。

実際に訪れてみると、頂いてた写真で抱いて
いたイメージとはまったく違っていて驚きま
した。
これほどの違いがあるとは思いも寄らなかっ
たです。
足を運ぶ事の重要性を思い知らされた感じが
しました。
石碑も写したのですが、石が黒くなくて灰色
に少し青が混じったような色で、写しても
まったく文字が見えずにここにのせるのを
やめましたが、瀬織津姫の文字がちゃんと
ありました。

左隣の家のおじさまが、こころよくCDを受け
取ってくださり総代に渡してくれると約束し
て下さいました。感謝して後にしました。

おじさんも必ず聞いて下さいませとお願いして。

 

 次は同じ花巻市内にある弘渕神社へ向かいました。


 ここでは、僕が参拝していると道を挟んで左の家から僕を見ている子供とおじさんが視
野に入って分かっていましたので、参拝が終わってから「すみませ〜ん!」と呼び、
「何ですか〜」って返事があってから、事情を話すとそれじゃ神楽をやってる家を紹介し
ましょうと言って、小学5年くらいの少年がその家を案内してくれました。
 そこの家にはおばあちゃんがいて僕が夢の中で瀬織津姫の歌ができCDになり全国に奉納
の旅をしてると話すと感動して下さり、有り難く受け取ってくださいました。
感謝。(少年にも)

 次に向かったのは、紫波町の早池峰神社です。



拝殿は日曜のせいか、開いていまして
明かりもついていました。

参拝を終え、それからCD奉納と思い、右隣
の家に歩きますと、家の前の畑で作業をして
いたおばあさんがいたので、「すみません。
ここの神主さんか氏子の総代さんに奉納した
いものがあるのですが、、」と話すと「わた
しの家がそうですよ」って言われたので、ど
ちらか分からなかったが(神主か氏子総代か)
CDを手渡しますと想像以上に感動して下さり
畑仕事をやめ、 いろいろ話を聞いてください
ました。

ここもありがたく後にしました。

 

 

 それからこの日最後の神社、盛岡市玉山区にあるという多岐神社へ向かいました。
ここだろうか、、、と向かい小高い山に車で登ったが、そこは承福禅寺(パパラギの里)
だった。そこで親切な尼さんの慈光さんが、下のあそこの方向に神社はありますが、愛宕
神社ですと教えて下さりまして、そこかどうか分かりませんが、車をここに置いていいから
歩いて見て来て下さいと親切に言って下さいました。本当に感謝でした。佛の心を見ました。
 山を下っていくと喪服を着た老夫婦が歩いていまして、その方に多岐神社を尋ねました。
そうすると、やはりそこにある神社は愛宕だから違う。でも新しいバイパスの下に名前は
分からないが古い神社があるよと教えてくれました。それが僕が用意していた地図の場所
と完全に一致してました。すると法事の会館にいたもう1人の御老人にあそこの神社は何と
言ったか?って聞いて下さいました。すると、「うう〜、、あれは明神だ」との答え。
「多岐神社ではありませんか?」「明神だ」「そうですか〜明るいに神ですか?「そうそう」
それで、僕はそこだと確信して向かいました。しかし畑の向こうの耕しを放棄した元畑の草
ぼうぼうの向こうに見える神社への道は無い。僕は革靴で草をかき分け根性で歩いて辿り着
いた。ふ〜



この写真では見えないが、なんとコンクリの
石段を上がったところにロープが張ってあり
『危険』とあった。(笑)
たしかに、コンクリ階段の最上段と拝殿の
板の間は隙間があり、その板は朽ちていた。
しかししかし、その板の上にはコップが
置いてあり、ちゃんと水が入れてあったのだ。
ちゃんと毎日参拝している「誰か」がいるの
だ。そういった方がいる間は、この神社は生
きている。僕も手を合わせさせていただきま
した。参拝後、車をお世話頂いているお寺に
戻り慈光さんにありました!と報告&お礼を
言い、すぐに宿泊地の沢内の銀河高原ビール
のホテルアネックスへ向かおうとしましたが、
有り難い事にお茶でもと言ってくださりまし
て、美味しく頂きしばしお話をさせて頂きま
した。そしてここのお坊さんは元ピアノ調律
師だとの事。驚き&縁でした。1泊3千円と
の事。今度泊まります。

 宿泊地のアネックスで飲み放題で1050円という極楽のような時を過ごし、翌日はホテル
マンの大ちゃんと岩魚釣りに出掛けました。3時に釣りを止め、それから前もって調べて
もらっていたその西和賀郡の瀬織津姫に関係ありそうな神社へ向かいました。それは弁天島
ていうという。 それだ! 連れてって下さい!と頼んであったのでした。その前に釣った岩魚
をクールで送りたいので店に連れてもらって手続きを済ませ、弁天島へ向かおうとしたその
時、大ちゃんが一言、そこにある寺には変わったものがいろいろあって円空の木彫もあるん
ですよ。って言ったのだ。僕は目が点になった。!行きましょ!ありました。ありました。
十一面観音は無かったが竜頭観音が二体ありました。うれしかったですね〜 大ちゃんが何故
そこで円空という言葉を発したかは未だに僕も大ちゃんも謎です。(導きっていうやつです)

 これがそうです。弁天島で厳島神社。この川中に岩固まりの島がありそこを地元の人は
「べんてんさん」と読んでいるのだが、 実際にあるのは厳島神社でした!

 ここには目を見張る事がいろいろありました。まず弁財天と厳島神社の祭神の市杵島姫命
は同一とされていますが、その前に、瀬織津姫と弁財天が同一とされています。この流れを
意識ぜずに祭った神社にとってはそんな事知らないよってことになる場合もありますが、、
この写真ではよく見えませんが、拝殿の全面板の上部に左右1づつ穴があり、右が真ん丸
の日。左が月でした。そしてこの石の天照皇大神。これはニヤッ!ですね。 ちょっと難しい
かな?

ちょっと気休めに、この道中で撮った美しいお花さん達の表情を堪能してくださいませ。

 

きれいですね〜

うっとり

 

うわ〜

 

うい!

ありがとう!

本当にありがとう!!!!!!!

 

それから久慈の南の野田村の安家の港の旅館に泊まり、山女釣りをしてから翌日、遠野へ
向かいました。その途中で、この25年間、寄ろうと思いながら寄らなかった観光地の
「浄土が浜」へ寄りました!寄ってよかったです。ここはそうですね〜 パイレーツカリビアン
のワールドエンドでジャック船長が、あの世に行って目が覚めた場所が白浜でしたね。この
浄土が浜も、目が覚めてまわりがこうだったら僕もあの世にいるのかな?って思いますよ。

それから川井村の小国へ向かいました。途中もろ田舎の美味しい、そして高〜く見える
蕎麦屋へ入りましたが、海老やキスの天婦羅が生煮えで残したくらいイマイチさんでした。
リーゲしなくてよかったよ。

それから探したのが川井村小国の早池峰新山神社

ここは、地元の酒屋さんのおばさんにいろいろ
お世話になりました。仕入れていた情報の住所に
はそのような神社(早池峰新山神社)はないと。
そのおばさんい教えてもらった住所には確かに
目指す神社がありました。
そして、今回の旅の途中にあった台風と大雨で
この村から次ぎの目的地の遠野までの峠が崖崩れ
を起こし、時間制限で通行止めをくり返していた
のでした。
この村に着いた時にはもう3時間後の開通まで
通行止めなのでゆっくりと探す心の余裕があり、
そのおばさんから貴重な情報も得て、新たな
神社?も参拝することもできました。それは同じ
村にあり同じ早池峰ですが、その後に神社という
文字が付かず、村の人からは早池峰神楽と言われ
いる所でした。 行ってみようと興味を持ったのは
そこは個人が管理していて、その家系はもともと
山伏であったということでした。山伏では食って
いけないので、その後、そのお爺さんは小学校の
校長先生までやったそうです。

その早池峰がこれです。

 本当に神楽をする舞台のスペースがあるような拝殿でした。山伏でなぜピン!と来たか
といえば、早池峰山の伝説も山岳信仰から始まってまして、ここも同じ代々の山伏さんが
開いたのに、早池峰と命名しているので同じ瀬織津姫を祭っているんじゃないかと思
ったわけです。その家に尋ねて、おばあちゃんに尋ねたわけではありませんが。

 それから酒屋のおばさんに教えてもらった山越えの迂回道路を教えてもらい、僕は人々
が待っている中、カーナビも反応しない山道を走り、遠野へ抜ける事ができました、山頂
にある牧場での牛や馬はなかなか心を和ませてくれました。
 そして着いたのが、僕はまだこの支流には釣りに入ってませんが猿ケ石川は驚くほど支流
の多い川でして、この遠野市の白滝神社は琴畑川上流にありました。


 この次に遠野市上郷町来内にある伊豆神社に寄る予定でしたが、崖崩れのために遅れ、
翌日上京の前へと変更しました。それから早池峰神社の神主さんと会う約束をしてました
ので急いで神社へ向かいました。4時過ぎから2時間もお話ししまして、とても有意義な
時間を過ごせました。お札と縁結び(ビジネスの良縁も含む) の携帯ストラップもいた
だきまして、宿へ戻りました。神主さんの言われる事には、今年の正月、神社内で瀬織津姫
の曲をず〜っと流して下さっていたそうです。ういれしいですね。ありがとうございます。
 その夜、夕飯を食べ薪ストーブの前で千葉から来た釣りキチおじさんとテレビの巨人
戦を見ながら翌朝の岩魚釣りの約束をし、10時に寝ました。
 そして、出ました!座敷きわらしが!!! 詳しくはかなりのスペースをとりますので、
今度、出す瀬織津姫の本の続編にでもくわしく〜書こうと思いますので、おたのしみに〜
(ここで書かなくてすみません)

これは、その翌日の早朝(座敷わらしが出てから)
5時に千葉のおじさんと一緒に行った猿ケ石川上流
で釣った金の岩魚です。

こういった金粉をまぶしたような岩魚は富山でも
つれますが、釣れた時、ハ〜と思わずため息をつ
いてしまいます。これはお腹あたりから金ですが、
中には頭から金のもいますよ。

 

 

 

 

そして、前日、最後に寄る予定だった伊豆神社へ参拝&奉納に向かいました。
道路沿いにあるはず、、、と思いながら走らせて、ないな^って思ったので、道ばたで
農作業をしてるお爺さんといその息子であろうおじさんがいましたので、尋ねて難なく
着けました。

参拝を終え、さて、CD奉納を、、、と
思い、そうだ、木ほどの親子に!と閃き、
道を戻りました。農作業を続けておられ、
声をかけて、なぜ自分が参拝しに
きたかを話しCDをお渡ししました。

そうするとお爺さんが感動して受け取って
くださり、この橋に、その瀬織津姫と関係
する物語りが書いてありますよと、教えて
くださり、橋の袂にいくと、こうやって遠野
物語に出てくる三山の文字がありました。

知ってますよ。って答えると喜んで笑みを
くださいました。

このお爺さんも過去には何度も氏子総代を
せれてる人と分かりましたので、有り難かっ
たです。

 

 

これで、予定通りの参拝&奉納をすべて終え、
上京へと走らせました。

そして、途中、そうだ、、と止まったのは、
この遠野の地で有名な観光地であるカッパ渊
でした。
ホップ畑の中を通り、お寺の中を通って辿り
着きましたが、こうやって遠野の里をゆっくり
流れる小川でした。

ここはNHKの朝ドラの「どんど晴れ」にも
出ましたね。なつかしいです。

座敷わらしは今回、思いも寄らず体験しましたが、
カッパって本当にいたんでしょうかね?

多分、いたんでしょう、、、

 

                       おわり。