宮崎県
高千穂町 瀬織津姫神社
やっと念願の高千穂へくることができました。
高千穂を知った時には、ここの瀬織津姫神社が
あるとは知りませんでしたが、本当に嬉しいです。
ここの場所は分かりにくい所にありますが、兵庫で
懇親会を開いてくださった中西さんが、荒立神社の
宮司さんに瀬織津姫のCDを奉納してくださったお陰で、
そこの宮司さんにご挨拶に寄り、ここの詳しい場所を
教えて頂きました。 それでも迷ったほどでした。
しかし、入り口が分かりは入っていくと、手前の
牛を飼ってる農家のおばあちゃんが、笑顔で出て
こられ、場所を確認すると笑顔で教えてくれました。
そして僕はすぐにこのおばあちゃんいCDを奉納
いたしました。そいれから細く急な石段や朽ちてる
鉄階段を降り辿り着きました。感動しましたね。
長い石段を戻り着くと待ってたようにまたおばあちゃん
が出てきて、茶色い包みを渡されました。これお礼に
あげると。開けてみると、天孫降臨の一升瓶が。
この地で有名な焼酎でした。有り難かったです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
国富町 八幡宮 境内末社 明見神社
境内社となっていますが、七つほどありまして、すべて拝殿の周りをぐる〜っと囲むように
あった。右下のような石の祠でした。 由緒書きには6つしか書いてありませんが、祠は7つ
あり、そして一つ一つ石に刻んである社名を確認しましたが、この祠だけ、不明確で文字が
わかりませんでした。しかし、他のは総べて他の社名がわかりましたので、結果、この左
から三番目の祠が明見と思います。有り難く参拝させていただきました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
西都市 速川神社
ここは強烈でした。宮崎=九州=強烈と
感じた、感じさせた一つの神社でした。
ここも時の計らいがありました。長い川の橋を渡り、
杖をつきながら長い長い山道を登っていく
神社でしたが、登り始めて最初の山の鳥居
をくぐった時に、前方からリックをしょった
方が降りてこられました。僕は宮司さんでしょうか?
と尋ねると、神職ですとの答えでしたので、
すぐに武蔵の国から参拝とこのCDを奉納に
参りましたと話しました。すると感動して
下さり、それではと、拝殿を開けますので、
正式奉納して下さいと言われ、有り難い事
にまた一緒に登山して下さりました。
登山途中、神社の謂れをいろいろ教えて
下さったのですが、不思議にこの神社は
滋賀のサクナド神社とそっくりな伝承がある
のみでなく、下から上まで川の名前からなんまで
大祓いの祝詞そのものだったのです。滋賀も
ビツクリ!の社です。そしてもちろん、右上の
由緒書き看板にあるように、ここは姫が
ニニギの后として登場しています。そしてこの地で亡くなったと、、、それを祀る神社だと、、、
いや〜 本当に宮崎は個性的です。強烈です。そして、本当にこの神職さんに頭が下がりました。
有難うございました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
延岡市 東海神社
この蟹さん。この地域の神社には当たり前のようにいました。丘の蟹さんです。びっくりしましたよ。
この神社もある程度の山の上です。 沢のではない蟹さんですが、こんなに立派で沢山うようよ歩いて
いるんですから、、、踏まずにあるくのに神経を使うくらい。しかし、蟹さんも急いで穴に入ろうと
してましたがね。 とにかく初めての体験でした。
そうそう、神社、神社。この延岡市は漁港の町で 神社も海の蕎麦もといそばにあります。
この神社には鳥居が3つありましたが(写真は一番上の3つ目の鳥居)2つ目の鳥居に『関権現』と書いて
ありました。これが重要な文言なんですよね〜。
ゴッホン!
ここでは姫を速吸日売命と書いてあります。
御陵神社
ここも強烈宮崎の一つでした。
社名が示す通り、お墓です。
そうです。ここは、瀬織津姫のお墓の
神社なのです。ちょうど神職さんも宮司
さんもいらしてお墓の上にある拝殿を
正式参拝させていただきました。感謝でした。
お墓も金網の奥にしっかりと見えました。
小さく品のある石で守られていました。
宮司さんは僕のHPを見たことがあるそうで、
(瀬織津姫のサイトでは唯一とのこと)
ようこそおいでくださいましたと言って
いただきました。 本当に有り難かったです。
海童神社
この海童神社で宮崎は最後となりました。
本当に個性的&強烈宮崎を後にするのが淋しい
ほどでした。
晴天でしょ?
前夜は嵐ほどではないけど、風雨が激しく
民宿の窓ガラスもばたばたでしたが、
台風一過のごとくの天気でした。
これから僕は九州さいごの地、大分へ
むかうのでした。