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  ヤンズ プロフィール


昭和30年代2月20日 音楽教員の家に生まれる富山県井波町出身。A型魚座


 6才 正式なピアノレッスン始める。初めての夢を宣言(笑)

 8才 処女作のピアノ曲を作曲


 9才 ヴァイオリンも平行してレッスン開始


 10歳 処女作を隣の砺波市の文化祭で演奏


 12才 中学校入学。無理矢理ブラスバントに入らせられトランペットを担当
     (ピアノ、弦、管と3種の代表する楽器を触れよかったと思う)
    
 18才 富山県立井波高校卒業


 20歳 国立音楽大学 別科ピアノ調律専修科卒業(二年制)
     国立音楽大学楽器技術研究会会員 ピアノ調律、修理の大家、鈴木五郎氏
     に弟子入り キングレコードのレコーディング調律を手掛ける

 21歳 ビクター作曲教室へ通う
      千葉音楽祭 ロック部門 準優勝(バンド名セプテンバー)
                自主制作盤LP出す(セプテンバー)
 22歳 ビクター作曲教室卒業 皆勤賞いただく(笑)
      千葉音楽祭 オリジナル曲賞受賞 (セプテンバー) この頃からニュー
     ミュージックの殆どのアーティスト、 バンドのコンサート調律を手掛ける
1982年 フレッシュサウンズコンテスト関東大会 第三位
                   (バンド名リスキーハビット
1983年 フォーライフ&コロンビア共同コンテスト全国大会出場 (リスキーハビット)
                  
1986年 (社)日本ピアノ調律師協会会員となる。

1988年 講談社 週間現代ビデオマガジン
     オープニング、エンディングテーマ、BGM作曲担当(山水 井波)
1989年 株式会社 ヤンズ 設立
(現、有限会社)

2000年 4月 シングルCD "ハレラマ"(ヤンズ with ハレラマキッズ)
     YANZU-0001を制作販売 ヤンズレーベル スタート! 8月 ジャスラック
     ((社)日本著作権協会)会員になる。 11月 ホームページ開設

2008年8月8日、瀬織津姫物語〜縄文の女神が復活する〜 評言社より出版

2009年7月7日、瀬織津姫秘話〜縄文の女神とともに〜 評言社より出版

2009年12月25日 山水 治夫 初ソロアルバム 「姫」リリース

2010年7月7日、瀬織津姫愛歌〜縄文の女神は微笑む〜 評言社より出版

2011年6月30日、瀬織津姫伝説〜縄文の女神の霊系列〜 ナチュラルスピリットより出版

2011年7月7日 山水 治夫 2thアルバム 「命〜ミコト〜」リリース

2012年5月14日、瀬織津姫神話〜縄文の女神の十二段〜 ナチュラルスピリットより出版

2012年12月22日 山水 治夫 3rdアルバム 「三次元のロマン」リリース

2013年2月20日、瀬織津姫愛舞(ダンス)〜縄文の女神の甘露〜 ナチュラルスピリットより出版

2013年11月1日 ピアノソロアルバム『 For Maria Magdalene(フォアマリアマグダレーネ)〜マグダラのマリアに捧ぐ〜』スターシアレコードよりリリース

2013年11月11日『セオリツ姫シ♭〜姫のオクターブ〜』ナチュラルスピリット社より出版

2014年9月19日、『528Hzの真実』ナチュラルスピリット社より出版

2014年10月31日、『瀬織津姫意識 上』ナチュラルスピリット社より出版

2014年11月29日、『瀬織津姫意識 下』ナチュラルスピリット社より出版

2014年12月21日、山水 治夫 4thアルバム 「やまみずはるお」リリース


宣言 100の質問 人生設計 移住計画 YANZU-RADIO


趣味は渓流釣り。芸能関係者にもガイド&指導してます。
    
あと温泉ですネ。よく行きます。 読書も。



好きなものは
 お花(元、日本バラ会会員)、美しい石、美しいメロディー
神秘、道徳銀河高原ビールのヴァイツエン
 色は幼児の頃から、黄色黄緑。 数字は2と11
 パソコンはマック
好きでないものは
 
”すみません”と謝れない人 、醜い時の自分
昔から興味のないものは、ファッション、流行物。 ギャンブル、車。
特技 記憶力。細かい所までテレビを見るように思い出せます。 一度会った
 
人の顔は忘れません。しかし名前を覚えるのは 苦手です。(^-^;)


  
  将来の夢という事を始めて意識したのは6才。
  正式にピアノレッスンを始めた初日に(先生は母だった)
  僕は宣言したんです。

『僕はベートベンを抜くよ!』

 今でも鮮明に覚えてますが母は大笑い!それはそうでしょうね。
  これが僕の生まれて始めての夢だったと思います。 失礼!!  


 1998年の12/23にNHKで湯川れい子さんが時間をとってくださり、
「マカレナみたいなダンスミュージック作ってみなさいよ。
子供達が歌って踊れるような、、、」といわれ、そのヒントで翌年の元旦に
ハレラマという言葉がインスピレーションで浮かび、
”お天気のハレとパノラマのラマ”で、 爽やかに晴れて広がる感じでいいか
なあ、、、と思っていると、 自然と歌ができてました。

     
              radio & etc 
               電子手紙 

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